「ゴールデンカムイ」というマンガをご存知でしょうか。
ヤングジャンプに連載中の野田サトル先生が書かれている作品なのですが、舞台は明治時代、日露戦争後の日本が舞台です。ここまではよくある設定ですが、
開拓使時代の北海道で、とりわけ先住民族であるアイヌの文化にウェイトを置いているという点で他のマンガと大きく異なっています。
〜あらすじ〜
主人公である杉元は日露戦争の帰還兵。日露戦争で戦死した、幼なじみで親友であった寅次の願いを叶えるために大金が必要となり、北海道へ。ある日、アイヌが隠した大量の金塊の話を知り、それを探すなかでアイヌの少女・アシリパと出会い、金塊を狙う争いに巻き込まれていく。
とまあ、あらすじだけ読むとサスペンスなのかなーという印象ですが、グルメやらコメディ要素が上手く絡まり、ストーリーも飽きさせない展開でヒトコトでは言い表せないマンガになっています。
物語の重要なファクターであるアイヌ文化の要素も、アイヌ語学者の中川裕さんが監修していることで非常に奥深く、トリビア的要素も多く、学術的興味のわく内容です。
ということで、ゴールデンカムイを読んで居ても立ってもいられなくなったため、北海道沙流郡平取町二風谷にあるアイヌ文化博物館へ行ってきました。
アイヌの里、二風谷へ
二風谷(にぶたに)は平取町の字(あざ)の一つで、北海道の中で最もアイヌ人が住む割合が大きい地区です。アクセスは日高自動車道・日高富川ICで降りた後、内陸方面へ30分程度で到着します。
二風谷のなかを走っていると、木彫の民芸品店や土産の店がちらほら見えます。もう少し閉鎖的な場所かと思っていましたが、そんなことはなかったですね。
萱野茂二風谷アイヌ資料館から少し走ったところに二風谷アイヌ文化博物館はあります。
アイヌ文化博物館
コンクリート造でガラスの吹き抜けドームが三角帽子のようにとんがっていて、とても印象的な建築です。入館料は400円。
ちなみに平日の午後に行ったのですが、私以外誰も客が居ませんでした。2時間位滞在してたのにずっと一人でした。
常設展示の他に、企画展示がありました。アイヌの民俗資料をCTスキャンで解析したり、蛍光X線解析(XRF)で金属の組成を調べるなど、なかなかおもしろい角度からの展示でした。
▲企画展示。中央サロンを使って広々と展示していた。
常設展示
常設展示室は外から見えた吹き抜けドームの根元部分にあり、館内の半分ほどを占めています。間接照明と、天窓から差す日光で、落ち着いて見て回れる明るさになっていました。
展示はガラス張りを基本として整然としており、説明文もわかりやすいです。
ただ、やや順路がわかりにくいというか、全部を見ようとすると同じ場所をぐるぐる回るはめになるのでそこは改善して欲しいかな?
館内には重文を含めて、かなりの量の資料があります。すべてをじっくり見て回ると2時間くらいかかるかも。
▲アイヌのコタン(村)のミニチュア(右)と、文様付き着物
▲囲炉裏を囲んだチセ(家)の再現。ユーカラ(叙事詩)を視聴できる映像端末もある。
▲鮭などの漁で使われるチプ(丸木舟)。右のチプには実際に乗ることもできます。
▲食文化の展示(右)。アシリパさんのセリフを思い出してニヤニヤしたり。左奥は武具。
▲カムイノミ(神に祈る儀式)の道具。イヨマンテ(熊送り)で使うものも。
他に誰もいないし、館内はフラッシュさえ焚かなければ撮影自由なので、ひと通り見て回った後は、好き勝手に撮影していました。持っててよかった明るい単焦点。
展示箇所によって、各文化テーマにまとまって展示されているので、興味のある分野をじっくりみることができます。
文字を持たなかったアイヌ文化ですが、統一された宗教観・英雄譚があり、それが親から子へ口頭で脈々と受け継がれてきたという点は特に感銘を受けました。
漫画「ゴールデンカムイ」があった!
常設展示室から出たところにベンチに座ってアイヌ文化関連の書籍を読むことのできるスペースがあるのですが、その棚の一番目立つところになんと「ゴールデンカムイ」が。しかもちゃんと(訪問時)最新刊の4巻まで揃ってる!!職員さん、やるなあ...
アイヌ文化は、少なからず誤解を受けている箇所もあると思っているので、この漫画が入り口となりアイヌの正しい認識が広まるといいですね。
屋外展示
博物館の展示は屋内だけにとどまらず、屋外にもチセなどの実物が建てられ、コタンが再現されて展示されています。
訪問は10月初めだったのですが、北海道はちょうど紅葉時期。時間が押していたのでのんびりは出来ませんでしたがちょっとした紅葉狩りも楽しめました。
▲茅葺きのチセとモミジ
▲ちょっとボカしすぎたかな...
茅葺きの建築ですからある程度の時間で老朽化してしまいます。文化保存の一環として、実際にチセを建てることもあるそうです。昔のコタンでは、村中の男が集まって1日もせず1軒建ててしまったのだとか。
二風谷ダムと、アイヌの歴史
二風谷ダムは、沙流川の二風谷地区に存在する重力式コンクリートダムです。堤高32m。
主な役割は治水、灌漑、発電、工業用水などと、多目的ダムに分類されます。
一見すればきれいなゲートがあるだけの普通のダムですが、その建設には流域アイヌ民族とのダム反対闘争もあり、美しい外見とは裏腹にドロドロの歴史を持つダムでもあります。
アイヌ民族にとって沙流川二風谷流域は、チプサンケ(船おろしの儀式)を行うための聖地だったのですね。そこにダムが立つことで、アイヌ文化の重要な儀式が行われる場が失われるかもしれないということで、萱野茂を始めとする住民が建設差止請求をし、長期間に渡る裁判が行われました。
この裁判が終わったのは1997年。原告であるアイヌ民族側は敗訴しますが、この判決によってアイヌ民族は「先住民族」として正式に政府に認められ、明治時代に制定されていた差別的悪法「北海道旧土人保護法」が廃止、「アイヌ文化振興法」が成立することになります。
その年の10月、計画から足掛け24年後にようやく二風谷ダムは竣工したのでした。
というわけで二風谷ダムは、この地区だけの問題ではなく、アイヌと日本政府をひっくるめた壮大なストーリーを紡いできたダムなのですね。
編集後記〜マンガが入り口でもいいと思う
北海道に長年住んでいながら、アイヌ民族を取り巻く問題についてはあまり考えたことがありませんでした。
今でこそ民族としてのアイデンティティを保つための法律が存在しますが、嘗ては和人にすべてを奪われるだけという、人権も無い時代があったのは事実です。
それらの理解へのひとつとして、ゴールデンカムイというマンガが入り口にあるのは歓迎すべきことではないかと思います。
北海道の地名はほとんどがアイヌ語起源です。例えば札幌はアイヌ語で「サッ・ポロ Sat-Poro」、大きく乾いたという意味になります(もともとは市内を流れる豊平川のアイヌ名称)。様々な町・地名につく「〜別(例:紋別、士別)」の「ベツ」、「〜内(例:真駒内、稚内)」の「ナイ」はどちらも「川」を意味するアイヌ語です。
こうして考えていくと、開拓使が明治時代に北海道にやってくる何千年も前から北海道に住み、独自の文化を気づいていったアイヌの先人たちの偉大さ、アイヌ文化の面白さがわかってくると思います。
人によって文化へ興味をもつための入り口は様々ですが、その一つにマンガがあったとしても、今は何もおかしなことではない。そう思います。